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- トライの森山がおこたえします



人はなぜ勉強しなくてはいけないのか。私が子どもの頃にずっと感じていたことです。通訳になるつもりもないし、外国に行きたいとも思わない、だったら英語の勉強など必要ないのではないか。お金の計算ができて、掛け算や割り算ができるんだから、それ以上の複雑な計算なんて必要ないじゃないか、と。私も含め、そんな疑問を抱いたことが誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。しかし、おそらく、その疑問に万人が納得する明確な答えを出すことはできないと思います。どうして生まれてきたのか、どうして死んでいくのか、その答えが明確に出せないのと同じことです。
高度経済成長の時代であれば、勉強すればいい会社に入れて、”食べることに困らなくて済みますよ“”がんばればそれなりにいい暮らしができますよ“――その言葉をモチベーション(やる気)にして勉強することができました。けれども現在、それらの言葉はまったく空論に聞こえます。 一流の大学を出て、有名な企業に就職しても、いつリストラにあうか分からない。その前に大企業の正社員になれるかどうかも分からないし、なったところで幸せな人生が送れるという保証はない。 いまの日本の子どもたちは、自分が勉強しないと食べることができないなどとはまず思いません。実際、アルバイトでそこそこの生活水準で暮らすこともできます。あるいは仕事すらせず、部屋にこもってニートになることさえ許されてしまう家庭もあります。
そんな時代に勉強をするためのモチベーションを上げるためには、もっと本質的な哲学を、子どもの頃からしっかり教えていく必要があるでしょう。なぜ自分が生まれてきたのか、これから生きていく上で何が必要なのかといった問いに、しっかりと親や先生自身の言葉で答えていかねばなりません。 人はなぜ勉強をしなくてはいけないのか。私自身の考えを申しますと、「人や社会の役に立つために勉強する」が答えです。他者の役に立つために、私たちは生まれてきた。愛する家族のため、愛する隣人のため、愛する社会のために私たちは生きているのだと、そう考えています。
そのために、人は勉強するのです。勉強すれば自分の可能性が広がっていきます。専門的な知識を身につけることで、自分が興味関心のある分野の職業に就くことができます。自分が好きなことであれば、一生懸命仕事に取り組めるでしょうし、また仕事を通じての社会への貢献度も、より大きくなっていくことでしょ。社会への貢献度が大きくなれば、必然的に生きる喜びも増し、やがてそれが生きがいとなるのです。
まさに勉強をすることで、人生が明るく楽しく展開していくのです。


